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東京地方裁判所 平成6年(む)748号 決定 1994年10月20日

主文

本件各準抗告をいずれも棄却する。

理由

一  本件各準抗告申立ての趣旨及び理由

本件各準抗告申立ての趣旨及び理由は、各「準抗告の請求書」及び各「準抗告の請求追加意見書」記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  明らかな事実

一件記録によれば、次の事実が明らかである。

東京地方裁判所裁判官は、平成六年九月七日、S製紙本社ビル及びKビルのS製紙株式会社本社事務所(附属施設を含む。)を捜索場所とする捜索差押許可状各一通を発付した。そして、同月九日、東京地方検察庁検事らは、各許可状に基づいて、本社ビルから手帳等二八品目、Kビルから人事記録カード等二〇品目をそれぞれ押収した。

これらの各許可状は、国際捜査共助法に基づき、アメリカ合衆国の要請に係る共助事件について、東京地方検察庁検事が「共助犯罪名」を「独占禁止法違反」、「共助犯罪被疑者」を「S製紙株式会社ほか一名」とする捜索差押許可状を請求したのに対し、発付されたものである。ただし、各許可状には、「被疑事件」として「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反被疑事件」、「被疑者氏名及び年令」の欄に「S製紙株式会社ほか一名」と記載されている。

なお、共助犯罪事実の概要は、共助犯罪被疑者S製紙(当時は合併前のK製紙)と合衆国企業であるカンザキ・スペシャルティ・ペーパーズが共謀の上、合衆国内で、競争事業者と協議をし、合衆国市場での価格協定を締結したというものである。

2  刑事訴訟法二一八条、二一九条、憲法三五条違反の主張について

申立人の主張の要旨は、次のとおりである。(一) 本件各捜索差押許可の裁判が、その押収処分をした検事らがその際の立会人らに説明したとおり、一九九〇年ないし一九九一年に合衆国内で販売された感熱紙につき、カンザキ・スペシャルティ・ペーパーズ、M商事等が行った価格カルテルにS製紙が関与した疑いに関してのものとすれば、そのような行為は、我が国の「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」に違反しないから、各許可の裁判は、被疑事実とは関連性のない罪名についてなされた、正当な理由に基づかないものであって、刑事訴訟法二一九条、憲法三五条に違反する。(二) 本件各押収処分は、前記のように検事らが説明したとおりの被疑事実についてなされたものであって、本件各捜索差押許可状に表示された罪名である我が国の「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」違反についてなされたわけではないから、令状に基づいておらず、刑事訴訟法二一八条、憲法三五条に違反する。

そこで検討すると、本件各許可状は、前記のとおり、「共助犯罪名」を「独占禁止法違反」、「共助犯罪被疑者」を「S製紙株式会社ほか一名」とする捜索差押許可状請求に対し、「被疑事件」を「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反被疑事件」、「被疑者」を「S製紙株式会社ほか一名」として発付されたものである。このように本件各許可状は、国際捜査共助法に基づく共助事件についてのものであることをうかがわせる記載がなく、我が国の「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」違反被疑事件に関して発付されたと受け取られかねないものであって、誤記があるといわざるを得ない。

しかし、本件各捜索差押許可状請求書に徴すれば、本件各許可状が共助犯罪被疑者S製紙ほか一名に対する合衆国独占禁止法(シャーマン法)違反共助事件について発付されたことは明らかであって、前記の誤記は明白なものである。その上、「シャーマン法」も我が国の「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」も、一般に独占禁止法と呼ばれる同種の法令であり、「シャーマン法」の法令名を日本語に翻訳するに当たっては、我が国の法制に合わせて「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」とすることも考えられなくはないのである。もともと捜索差押許可状に罪名を記載するのは、事件を特定することによって、捜査機関がその令状をみだりに他の事件の捜査に流用することを防止するためであり、本件各許可状の罪名の記載は、その趣旨を没却するようなものではない。また、本件各許可状の罪名の記載によって、捜索差押えを受ける者に対し、「シャーマン法」と記載した場合に比べて特段の不利益を与えるとは考えられない。「共助事件」とすべきところを「被疑事件」とし、「共助犯罪被疑者」とすべきところを「被疑者」とした点も、共助のために必要な令状の形式については、刑事訴訟法の規定を準用することとされている(国際捜査共助法一二条)ことにかんがみると、かしの程度は小さいといえる。

以上のとおり、本件各許可状の罪名等に関する前記の記載は、明白な誤記であり、かしの程度も小さいから、令状の効力に影響を及ぼさない。そうすると、本件各許可状は、シャーマン法違反共助事件について発付されたものであって、共助犯罪事実と関連性のない罪名について発付されたものではないから、本件各許可の裁判は、刑事訴訟法二一九条、憲法三五条に違反しない。

また、本件各押収処分においては、本件各許可状に示された物を差し押さえたと認められる上、本件各許可状がシャーマン法違反共助事件について発付されたものであることは前記のとおりであるから、本件各押収処分は、令状に基づいていることが明らかであって、刑事訴訟法二一八条、憲法三五条に違反しない。

3  国際捜査共助法二条二号、憲法三五条違反の主張について

申立人の主張の要旨は、次のとおりである。国際捜査共助法二条二号によれば、「共助犯罪に係る行為が日本国内において行われたとした場合において、その行為が日本国の法令によれば罪に当たるものでないとき」には、共助を行うことができないとされている。ところが、本件の共助犯罪事実とされている価格カルテルは、「シャーマン法」には違反しても、我が国の「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」三条にいう不当な取引制限には当たらない。また、我が国の「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」は域外適用されず、合衆国在住の合衆国企業が日本在住の販売業者の行った日本における商品の販売に関する価格カルテルに関与した行為が同法律に違反しない以上、本件共助犯罪事実は双罰性の要件を充たさない。したがって、本件各許可の裁判は、国際捜査共助法二条二号、憲法三五条に違反する。

そこで検討すると、国際捜査共助法二条二号が捜査共助の要件としていわゆる双罰性を要求しているのは、我が国では犯罪とならないような行為について、証拠の提供をするのは相当でないからである。そうすると、共助犯罪事実の構成要件要素を捨象してこれを社会的事実としてみた場合に、我が国で行われると犯罪になるものが含まれていれば、双罰性を認めることができる。これを本件についてみると、一件記録によれば、本件共助犯罪事実を社会的事実としてとらえる限り、これが我が国で行われたとした場合には、我が国の「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」九五条一項一号、八九条一項一号、三条に該当すると認められる。なお、合併前の法人の刑事責任を合併後の法人は承継しないという問題があるが、双罰性を検討するに当たっては、その点を考慮すべきではない。

また、本件共助犯罪事実が日本国内で行われたとした場合、実行行為の場所は共犯者の犯罪場所でもあり、共犯者の犯罪場所はその所属する法人の犯罪場所でもあるとするのが相当であるから、不当な取引制限の実行行為が国内でなされている以上、共犯者もその所属する法人も国内で犯罪を行ったこととなる。それゆえ、我が国の「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律」について域外適用の問題は生じない。

そうすると、本件捜査共助は、双罰性の要件を充たしているので、国際捜査共助法二条二号、憲法三五条に違反しない。

4  特権の主張について

申立人の主張の要旨は、次のとおりである。本件において押収された物の中には、弁護士資格を有する者と依頼者である共助犯罪被疑者との間の法律上のやり取りを記載した書面あるいは弁護士資格を有する者がその職務に関して作成した書面がある。これらの書面は、合衆国において訴訟上の特権の対象とされ、捜査機関が捜査に利用することも訴訟において証拠とすることも許されないものであって、押収の対象にならないから、その押収処分は、刑事訴訟法二一八条、憲法三五条に違反する。

そこで検討すると、国際捜査共助法は、証拠物の提供に係る要請について、その証拠が捜査に欠くことのできないものであることを明らかにした要請国の書面がないときは、共助をすることができないと定めるにとどまり(二条四号)、提供すべき証拠物が要請国において証拠として許容されるものであることまで要求してはいない。実質的に考えても、我が国の裁判官が共助事件について捜索差押えの裁判をするに当たり、要請国の証拠能力等に関する諸規定を掌握することは期待し難い。

したがって、共助犯罪について、我が国の捜査機関が収集できる証拠の範囲は、要請国における証拠能力等とは関係がなく、我が国の刑事訴訟法の規定に従うものというべきである。そして、我が国の刑事訴訟法は、前記のような書面について捜索差押えすることを禁じていないから、本件各押収処分は、刑事訴訟法二一八条、憲法三五条に違反しない。

5  共助犯罪行為当時共助犯罪被疑者とは別個の存在であった者に対する押収処分が違法であるとの主張について

申立人の主張の要旨は、次のとおりである。共助犯罪被疑者のS製紙は、共助犯罪の行われた後に、S'製紙株式会社とK製紙株式会社とが合併したものであるので、共助犯罪は合併以前のK製紙によってなされたものと推測されるが、そうだとすれば、本件押収処分は、共助犯罪の当時K製紙とは全く別個の存在であったS'製紙関係者に対しても及んでいるから、刑事訴訟法二一八条、憲法三五条に違反する。

そこで検討すると、捜索すべき場所に差し押さえるべき物が存在すれば、それが犯罪に及んだ者に係る物であるかどうかにかかわらず、これを押収することは何ら違法ではない。したがって、S'製紙関係者の物を押収したとしても、それだけでは刑事訴訟法二一八条、憲法三五条に違反しないことは明らかである。

6  結論

以上のとおりであるから、本件各準抗告はいずれも理由がない。

三  適用法条

刑事訴訟法四三二条、四二六条一項

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